私がひとり暮らしを始めた翌年、アパートの庭で一匹の猫を拾った。
かなり弱っていたのか、逃げようとした子猫をあっさり素手で捕まえることができた。
全身グレーで目は涙目でくしゅくしゅしていた。

ペット不可のマンションで子猫を拾ってしまい、
私はどうしていいかわからず途方に暮れた。
そして藁をもすがる思いである愛護団体へと電話をかけてみた。


「何色の子?」と聞かれて、
「全身グレーです」と答えると、電話の向こうのその人は、
「まーそれは変わった毛色ね、大丈夫よ、きっと飼い主さんが見つかるから」と言ってくれた。
その言葉に安堵し、涙があふれたものである。


その言葉の通り、子猫の里親さんはすぐに見つかった。
しかしその子猫を手放した途端、猛烈な寂しさと後悔の念に駆られ、
ついには恥を忍んでせっかくもらってくれた子猫を再び返してもらいに行った。

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ペット不可マンションで猫との生活が始まり、
やがて猫が増え、
堂々と猫と生活するために私は小さな一軒屋を手に入れる。
そしてここへ引っ越して来たことで、私のその後の人生は微妙な方向へ向かっていった。



その最初に拾った子につけた名前がケムリ。
当時まだ猫のことも猫との暮らし方もよくわからなかった。

ケムリはロシアンブルーだった。
ロシアンブルーの子猫が捨てられていたというのは未だ信じ難い。
しかし子猫の時グレーだった瞳は、成長するとそれは美しいエメラルドグリーンの瞳に変わり、
どこから見てもロシアンブルーそのものだった。

でも今は不思議に思わない。

なぜならケムリは神様が私へ与えた猫だったのだ。

私に与えられた仕事へ辿り着かせるために。





私が今までに里子に出してきた子猫の記録と、
もはやそんな里親探し生活にズッポリ浸かってしまっている毎日のことを、
少しずつ書き残していこうと思います。


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続きはコチラから。




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朝、会社に行こうとしたら、歩道の真ん中にべたっと子猫が伸びていた。


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抱き上げて連れて帰ったけど、置いた場所から動かない???

不思議に思ったけど、つまり(あとからわかったのだが)動けないほど弱っていたらしい。

そんなことも気付かず、医者にも連れて行かなかった。ごめんね。




トイレをなかなか覚えなかったよね、羽毛布団の上におしっこされたし・・・


猫はたいていトイレはあっという間に覚える。
でも極まれに覚えない子がいたりするのだ。
この子がそうだったのだけれど、なぜかおしっこが無臭だった???
子猫だから?それとも体質なのかな?


でも運良く友人のつてで、美人のフラメンコの先生がもらってくれた。

その後も粗相があったみたいだけど、やさしいフラメンコの先生は、
そんなところもひっくるめてこの子を愛してくれた。

アトムみたいな白黒猫だったので「あっくん」と呼んでいた。
ほんの短い間だったけど、いなくなったら淋しくてたまらなかった。


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私が最初に保護した猫。



現在の名前「美勇(みゆう)」くん  2003/10/13

  

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私の膝の上のあっくん

         

JRのガード脇に住んでいる浮浪者みたいなおじさんのところで繁殖した最後の猫。

最後というのは・・・

親も兄弟も流行の猫風邪かなにかだっただろうか、病気でバタバタ死んでいった中、最後に1匹残ったのがこの子だった。

どうなるかわからなかったが連れて帰った。
額に「M」の字があったので「モモタロウ」と名づける。

気が弱くて、猫なのにたれ目で、おどおどしていた。
まだ里親探しもどうしていいかわからない頃だった。
でもモモは運のいい子だった。

何もしないのに、猫友でもある飲み屋のカスミ荘のママから「生後4ヶ月までのトラ猫希望」の話しが舞い込んできた。
いつもは子猫がいるママのところに、たまたま該当の子がいなかったのだ。


紹介してもらった仲介者の人のうちまでお届けに行く途中、キャリーバッグの中であんまり泣くものだから「いい子いい子」と指を入れると思いきり噛まれた。

「ぎゃー」


キャリーバッグの中に入れられたのがよほどいやだったのだろう、、、モモはそのキャリーから出してもらうと初めて会うその人の前でゴロゴロと喉を鳴らした。


思いがけなく、なんの準備もなく、あっさりとモモはもらわれていった。



うちの子にべったりだったモモ。
元気にしているだろうか。


2006/9/23




毎度の猫おばさん、Mさんから預かった姉妹。
連れて来た時からおどおどしていちいちビクつき、さわれば固く目をつむる。
情報誌に掲載するための写真撮影をしようにも、怯えてなかなかかわいい写真が撮れない。

ほ~~ら、あんたたちをもらってもらうためよ、
かわいい顔しなさい!
ぱっちりお目目開けないさい!
と言い聞かせるがますます言うこときかない。(当り前か)
やっとのことで渾身の一枚を撮り情報誌にのせると、1件だけ電話をもらった。




それが願ってもない最高の里親さん!
お宅は持ち家で、母娘の二人暮らし、そして2匹一緒にと言ってくれたのだ。


お見合いは先方のお家だった。
2匹はすぐに部屋にあったピアノの裏に隠れてしまったのだが、
それでも「この子達でいいですよ」と言っていただいた。
「どうか帰ってきませんように!」
その日から毎日祈るような気持ちで過ごしたものだ。

おどおどだった2匹は、今ではそこのお嬢さんにべったりの猫。
キジトラがメイちゃん、黒白がさつきちゃん。
そう、お届は5月だったのだ。
里親さん宅では2匹がピアノの裏にはいらないよう段ボールでピアノの隙間に壁を作ってもらっていたらしく・・・
しかししばらくすると里親さんから「もうピアノの裏には隠れませんよ」とメールをもらって、
本当にあんな子達でもこんなにいいご縁があったのだと、喜びを噛みしめた。


子猫と飼い主さんのご縁というのはどうなっているのだろうか。
猫達の性格はまさに「十猫十色」、飼い主さんとうまく噛み合わない場合もあるかもしれない。
たまたまのその時の巡りあわせで一生その家族と暮らすわけなのだから。
でもそれがたまたまのご縁でなく、必然だったら・・・

そう、猫と人を結ぶ縁は、偶然でなく必然であって欲しい。

里親さんを探す時、こちらが飼い主を選別する場合だってある。
でもそんな思惑をも含めて、猫は自分の行く先のお宅と不思議な縁(えにし)で結ばれていると思いたいのだ。



そしていつか私は同じように里親探しをする仲間にこんなアドバイスをするようになった。
「猫は自ら自分の行く先を引き寄せてきます。私達はそれをお手伝いするだけでいいんです」と。

2007/4/27

ボランティア仲間から一時預かりを頼まれた2匹。
クロちゃんがオスでシロちゃんがメス。
ほとんど人に慣れていなくて、毎日うちへ帰るとかくれんぼのオニになる私。

冷蔵庫のうしろに逃げられるとお手上げ。
一度はクロちゃんがどうしても見つからず、これはもうベランダから逃げられたに違いないと思い、仲間にSOSを出した。
でもいたんだな、家の中に。

あ~~びっくりした~~~

いったいどこに隠れていたんだろう。




人見知りの子猫とかくれんぼ

私がいつも鬼になり

見つければほっとするだけ

黒猫は闇に紛れ

白猫は耳を倒して

冷蔵庫のうしろ

本棚の隙間

靴箱のかげ

ソファの下

かくれんぼは終わり

もう探さない

だから電気をパチンと消したら

ふかふかベッドの上に来て

私のあしもとで眠りなさい



2匹はあまりにも慣れなくて、最後は結局返すことになってしまった・・・
あまり大きくなってからの保護は、人慣れするのが難しい。
本当はそういう場合は家の中で放し飼いにせず、
ゲージに入れて慣らしていかないといけなかったのだ。
でないと「家野良ネコ」になってしまうから。

その時はまだまだ私も勉強不足だった。
ごめんね、力になれなかった。
かわいかったのに。
ゴメンネ。

2008/8/10



私が一緒にペットレスキューをしているやなぎさん。

そのやなぎさんが河川の河口にある公園で猫の餌やりを始めたことから、
突如やなぎさん経由の里親募集猫を連れ込まれることが増えた。



この子達もその河口の公園で保護した姉妹猫。
どちらもとても慣れていてかわいい子だった。
右が「かりん」。
ひとまわり小さくてものっすごい甘えん坊。
知り合いの妹さんにもらってもらい、マンションの12階、4LDKのマンション猫になった。


左は「モモ」。
何度も足を運んでやっと飼う決心をしてくれた松尾くんという男の子がもらってくれた。
彼の住まいは2Kの賃貸アパート・・・姉妹なのに住環境はずいぶん違っちゃったなぁ。

でも松尾くんは初めての猫をそれは大事にかわいがってくれて、
その後も成長をメールで知らせてくれていた。




ところがこのモモちゃんを引き取ってくれた松尾くんには後日談があった。
猫を飼うことは「大家さんには了解済み」と言っていたのが、
実は微妙に大家さんとのニュアンスの違いがあり、
結局猫を連れてアパートを出なくてはならないことになった。
今すぐにでも出てけ、といった状況ではなかったのがまだましだったが、
私のお節介精神に火がつき、放っておけずに一緒になってペット可住居を探すことにした。

ペット可住宅といえば、新築でばか高い物件か、安いけどものすごいボロかどっちかだ。
世のアパート経営者はわかっていない。
イマドキの世の中、もっとペット可住宅を作るべきだ。

松尾くんが家賃8万円の新築物件を「他にないから」と探してきたところを引き止め、
私が探してきたのが高台の不便な場所ではあるが家賃なんと2万円。
このことはまた後日、詳しく話そうと思う。






例によって猫おばさんMさんの保護した猫。
情報誌に載せて、兄弟のうちいちばん小さい子はF市にもらわれていった。
連絡があったのはその1件のみ。
あと2匹・・・初めてだったけど、インターネットで募集もしてみた。
すると「2匹一緒に欲しい」という女性からメールが入る。

喜び勇んで、遠くの街だったけどお届けをした。
新幹線で2駅、さらに在来線に乗り継いで。
住まいはアパート2戸をぶち抜いたおうちに、お母さんと旦那様と3人暮らしだという。
あらわれた女の子は「かわいい、かわいい」を連発した。
家まで一緒に行くという私を「ここからは距離もあって大変だから」としきりに拒み・・・結局駅で別れた。

当時私は猫の里親募集はまだまだ初心者だった。
今では住居を確認せずに引き渡すなど、考えられないことだ。



その後写メなどもらい安心していると、3日後、里親さんと突然連絡が取れなくなった。
やっと連絡が取れた時は、その携帯の持ち主は変わっていた???見知らぬ男性の声。
そして衝撃の一言を聞く。

「この携帯はしばらく紛失していたけど今日手元に戻ったんです」

全身の血の気がひいて・・・生きた心地がしなかった。
住所をもう一度徹底的に調べ上げると・・・・・そのアパートは「レオパレス」だった。
念の為そこのレオパレスにも聞いてみた。
「ペットは飼っていいですか?」・・・ダメに決まっていた。
あの里親希望の女の子が言うことはすべて嘘だったのだ。



その日、会社が終わるまでがなんと長かったことか。
私は仕事が終わるや否や車を飛ばして問題のレオパレスへ向かった。
すべて嘘だったけど、住所だけは本当だったのだ。
しかし突然訪ねて行けば、当然居留守を使われるだろう。
もしくは出て来てくれない。
考えた挙句、まず近所の交番に駆け込んで、お巡りさんに事情を話し、
一緒に部屋まで来てもらうことにした。

とにかく部屋のドアを開けてもらうことが重要だった。
若いお巡りさんは私の無理矢理な説得になんとか同行してくれた。
時間は夜8時を回っていただろうか、しかし・・・・・その部屋は留守だった。
どうしよう・・・・猫達をどうやって連れ戻そう・・・・途方に暮れて部屋の前に立ちすくんでいたその時、

なんと足元に2匹の子猫が現れる。

そう、その女の子は、猫を部屋の外で放し飼いしていたのだ。
そして家主が帰ってきたと思って子猫達も部屋に帰ってきたのだ・・・なんということ・・・!

「この子達です!!!」

あわてて2匹を抱きかかえる。

お巡りさん、ありがとう!
私は2匹を取り戻したのだ!
死んでいるかもしれないと思ったけれど、よかった生きていた!!!

その子は猫の飼えない環境で、嘘をついてまで手に入れたかっただけなのかもしれない。
でも放し飼いで飼うなんて、とんでもない。
避妊手術など到底してくれなかったかもしれない。

2匹を連れて車で帰った道のりは、行きとはまったく違った安堵の帰り道だった。

よかった、私は子猫を連れ戻すことが出来たのだ。








それからポスターを貼ろうが、何しようが、あらゆることをしたけど飼い主さんは見つからない。
子猫は日に日に大きくなる。
毎日家に帰ると、一回りずつ大きくなる子猫にぞっとすることを覚えたのがこの時だった。

このままうちの猫にしようか・・・そう思い始めて2匹に名前をつけたのが「ふく」と「はぴ」。
「ふく」はお世話になったお巡りさんが「ふくしまさん」だったので、その名前をもらった。

幸せになるようにと祈りを込めて―――




ちょうどその頃、あるスーパーで猫を店頭に飾って譲渡のお手伝いをしてくれるところがあると情報を得た。
最後の手段と思い、そこへ猫達を飾らせてもらうことにした。

夏の暑い時だった。
たとえゲージを日陰に置いても1日外に置くのは子猫にとっても負担が大きい・・・
そんな心配さえも推し切って、祈るような気持ちで子猫達を展示させてもらった。

長い1日が終わり、スーパーに戻ると、
キジ白のオス(ふくちゃん)だけ欲しい人がいたと言う。
通常はその場で手渡して終わり、というシステムだったが、
あえてあとで届けに行くからと、住所を控えておいてもらった。

そのおうちにお届けに行くと・・・私は思い切った行動に出た。

「どうかこっちのメスも一緒に飼ってもらえませんか?お願いします!!!」

60代のご夫婦だった。
必死の想いが伝わったのか、しぶる奥さんをなだめて、ご主人が承諾してくれた。

やった、やった、やった!!!
ついにこの子達の飼い主さんを見つけたのだ!



現在の名前は「だいちゃん」「ふくちゃん」。
なんとそのお宅の先住猫の名前が「ハッピー」だったのだ。

2006/7/24



毎度登場の猫おばさん(Mさん)が妊娠したメス猫を保護し、
そのまま避妊手術をするつもりが、なんとその前に出産してしまったと言う。

バカな・・・・しかも生まれたのは7匹。

7匹もどうするの・・・いつも里親探しで苦労するのはこっちなのに。


「処分という方法もあるんですからね!」

怒りのあまり思わず口をついて出た言葉・・・・・



しかし2ヶ月もするとそのおばさんから、

「今ちょうどかわいいさかりなんですよ~」と、けろっと電話が来た。




もはや言い返す言葉もなく、猫おばさんのところへ1匹残し6匹を預かった。



その頃頼みの綱だった情報誌は廃刊になってしまい、私は途方に暮れた。


こうなったら家の前に展示だ!

私の家は街中の人通りの多い道沿いにあり、道路に向かって大きな窓がある。
そこに猫のゲージを置き、さながらペットショップ風に里親募集しようというアイデア。




思い立ったが吉日、閉店ギリギリのホームセンターへ駆け込み、組み立て式のゲージを買う。
ゲージを窓辺に置き、窓のカーテンを開け、道行く人に子猫を見てもらうと、
なんとそれが大成功。

近所の人や、うちの前を通る高校生やOLさん達が次々にもらってくれた。
ホンモノの子猫を見せる威力はスゴイ!
だって本当にかわいいのですから。




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あまりの猫の多さに、1匹ずつの性格などまるで把握できなかったけど、
もらってくれた人はすべて覚えている。

精神的に追いつめられた時だった。



この頃から本格的な里親活動が始まる。

2007/7/19




ボランティア仲間の紹介で預かった長毛の美男子猫。
ある日公園にふらっとあらわれて、(つまり捨てられたってことですね)
人なつっこい性格のよい子だったため、近所の人からかわいがられ、
「ふくちゃん」と呼ばれてたそうです。

ちょうど猫おばさんの6匹の猫がいる時で、何匹来ようが同じだと思って預かった。

うちに来るなり、トラの男の子と一緒にすぐにもらわれていった。

うちの近所のマンション猫になっている。


ある日見知らぬ人から電話があり、
「家の近所に子猫がいて弱っている。うちは子供がアレルギーで飼えないが、
お宅で預かってくれるなら保護して連れて行く」と言う。

そして来たのがこの子だった。



ガリガリに痩せていて、余りに汚かったのでお風呂に入れたらぐったりしてしまった。
本当はお風呂に入れるほど体力がなかったんだろう、ダメだな私って、そういうところが。
まだ生後1ヶ月ちょっとくらいだったろうか、
小さくて一生懸命猫用ミルクを飲ませ、2週間程したらやっと元気になった。

ミーミーと足元にまとわりついてくるので、
ふところに入れたり、タオルでお腹にまいたりしていた。


あまりのかわいさに自分で飼おうかとも思ったが・・・
この子も家の前で飾っておいたら、近所の会社のOLさんがもらってくれた。
6ヶ月の先住猫のいるおうちだったが、年が近かったせいか、仲良くなれたようだ。

おにいちゃんのいるおうちにいったのね。よかったね。



今でもこの子を思い出すとせつなくなる。手元に置きたかった。
名前はいなくなってから「光」と名づけた。

元気でいるだろうか。




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