タ頭飼い崩壊の猫がいる猫舎。



年末を目の前にして私が、いつもお当番に入ってるかのんさんに、

「大晦日やお正月も入るのはキツイでしょう!?
いまではほとんどの猫がゲージの外だし、 1日1回にしたら?

と言ってみたけど、

「大丈夫だよ」

と言って朝晩入っていた。




え・・えらいなぁ・・・・


せめて私は1回だけでもと、2日の朝助っ人に入る。




しかしこの半年で、最初27匹いた猫は現在14匹になった。

これはすごいことだ。(と思う)

おそうじ・ご飯のしたくは昔を思えばあっという間に終わるが、

今いちばん時間をとるのが猫達と遊ぶ時間。



遊ぶだけでなく猫達の相性もあるので、喧嘩が始まらないか見張っていないとならない。

その中でも問題児の「デビちゃん」


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デビちゃんだけは今でもゲージに入っている。

なぜかと言うとマーキングが治らないから。

お世話に入った時くらいはゲージから出してあげるのだが、
どこにオシッコしちゃうかわからないから、目が離されないのだ。


抱っこもできるいい子なんだけど・・・

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私はデビちゃんにオシッコされるのが恐怖で、

その日も早めにデビちゃんをゲージに戻そうと抱っこした時に、

デビちゃんいやいやして左手を噛まれる。



猫に噛まれたりひっかかかれた時は、毒蛇に噛まれた時と同じくらいのつもりで処置をした方がいい。

流水で血を流す、血が流れない場合は口で吸って吐く。


デビちゃんの噛み方が本気じゃなかったせいか?
出血が少なくて口で吸いだそうとしたんだけど、思うように血が出ない。

結局手はパンパンに腫れ・・・・



新年早々このざまだ。

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・・・つーか片手の画像じゃ比較対象がないから、ただのデブの人の手みたいじゃんねー
  







本当はデビちゃんだってゲージから出してあげたい!

マーキングが治らないと里親さんも見つけられないしなぁ・・・


困ったなぁデビ~





同じく三が日からお当番に入っていたモモさんは、

デビちゃんのことを「デビルマン」と呼んでいる・・・・


212/1/2
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里親さんの中には一年に一度毎年決まった時期に連絡をくれる人がいる。


なんとありがたい。

本当にありがたい。


お正月に年賀状代わりにメールをくれるのが、
こちら「こころちゃん」の里親さん。

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こころちゃんは3年前の1998年の秋、
近所の多頭飼い崩壊のおばあさんのところで繁殖したキジトラ3兄弟のうちの1匹だった。

ボラ仲間で先輩のエイケミさん達が現場に入り、私は現場から連れてこられた子猫を預かる係りを引き受けた。



キジトラ兄弟以外にも別腹の子猫もいて、
いちどに全部で6匹ほどの子猫を預かったが、
当時は子猫のもらい手はあっという間に決まっていった。

私は現場は見ていないが、大変な状況だったに違いない。



貴重な当時の画像がある。

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キジトラ3兄弟


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当時のこころちゃん


この時は子猫に名前をつける暇もなかったなぁ。



こころちゃんの里親さんのお母さんが家に来て、3匹の中の1匹を決めた。
皆そっくりな顔立ちで、お母さんは

「どうしましょうどうしましょう、私が決めて娘に怒られないかしら」
などと言いながら、

悩みに悩んでそのうちの1匹を決めたのを覚えている。






そのこころちゃんもいまや、
「小心者、でも家族にはべったりな肩乗り猫」になっているとやらで、


今年の年賀状メールはその肩に乗っている証拠写真。

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こころ、こんなにデカくなりました。
甘えん坊の肩に乗るのが大好きで(5キロ)肩凝りになります。
毎日癒されてとても楽しく過ごしています。




里親さんからの便りは本当にありがたい。

幸せをおすそ分けしてくれる。



211/1/7

白猫4姉妹のみおんちゃんのことは、過去に記事に書いてあるが、

コチラ↓

そらちゃん

そらちゃん改めみおんちゃん


そのみおんちゃんの里親さんからは、毎年みおんちゃんをもらった日の記念日に、
様子を知らせるメールをいただいている。



毎回親バカっぷり全開のメールがなんとも嬉しく、
ほほえましく拝見している。



みおんちゃんがもらわれたのが2009年秋だったから、丸2歳になったみおんちゃん。

メールには美しく成長したみおんちゃんの姿が添付されていた。

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おおっ!

相変わらずブルーアイが美しい~!!!

白猫ってきれいだわ~




そして当時、頭を悩ませた先住のお兄ちゃんとは、

今でもこの通り。


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私は当時を思い出し幸せな猫達に安堵する。

幸せな猫達の報告をくれる里親さんまでも皆幸せそうで、

そのことが私自身をも幸せにしてくれる。




いつもありがとうございます。




2012/1/7


私が現在つながりを持って活動しているボランティアサークルの先輩諸氏が、

猫カフェくるるんのオーナーのハッチーさんであり、
エイケミさんであり、
エチカさんであり、
かのんさんであるわけだが、

その昔そのグループにいたchihiroさんという方が、
現在「アニマルコミュニケーター」として活躍されていて、

カフェで働く猫達や、ボランティアさんの保護猫の声を聞いて、
少しでも活動の助けになればと、
ハッチーさんを通じてミニセッションを開催してもらうことになった。



アニマルコミュニケーターさんというものに興味深々だった私は、
とにかく話だけでも聞きたくて、そのセッションに参加させてもらった。


場所は定休日の「猫カフェくるるん」




通常のセッションは飼い主さんと対面で1匹で1時間(2時間でもせいぜい3匹くらい)
時間をかけて深く掘り下げて聞いていくそうだが、
今回は皆でお茶を飲みながら、猫達に聞く内容も皆で共有できる軽いものを、ということだった。

そのやり方はchihiroさんが、「では○○ちゃんから聞いてみましょうか」と、
お店で自由にしている猫と1匹ずつ交信していくような感じで行っていく。
chihiroさんは一瞬目を閉じるとすぐに、
「こう言ってます」と答えていく。
短いセンテンスを語り、こちらが「じゃあこれはどうなのかしら」と聞くと、
またそれに答えるような形で。



それが驚くことに、その内容はすべてうなずくような内容で、
不思議な感覚にとらわれたひとときを過ごした。

どんな難しい不満をもっているだろうかと思われた猫は、意外に子供っぽい感情だけだったり、
おすましで女王様のように見ていた猫は、達観した思いを持った姉御肌の子だったり、
私達は驚きと笑いで猫達の1匹1匹の考えていることを聞かせてもらえたのだった。


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くるるんの猫達



私は今回、そんな瞬間を体験できるだけで充分だと思っていたが、
「もしかしたら」という思いで持ってきていた写真があった。

それはうちに来て今まで亡くなった猫達の写真だったが、
「時間があるからみてもらったら」と声をかけてもらい、
その中で「ハル」を写真をみてもらうことにした。


chihiroさんは猫本人がいなくても、
写真でも言葉を受け取ることができるのだそうだ。




私のせいで家の中で死なせてしまったハル。



本当にセッションをやってもらえるとは思っていなかったし、
突然だったので聞きたいこともまるで整理できていなかったけれど、
ただただハルがどんなに苦しかったか、どんな思いでいるのか、
それだけを聞いてみようと思った。
それを聞くのは怖くもあり、悲しみをぶり返すことだったけれど。






chihiroさんは、(ハルは)「『そのときのこと』はあまり話したくないと言っている」と言いながらも、
私の気が済むならと「本当のことはね」と語ってくれた。



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くるるんの猫達




本当のことを言うと、私はハルの致命傷を知っている。



だからもしもchihiroさんがハルの言うことを忠実に代弁してくれたとしたら、
ハルは私に気を使ってくれたのだろう、
私の悲しみが最小限になるように、
私があの日の恐ろしさの呪縛から抜けられるように、


ハルはうまく状況をごまかして私に伝えてくれたのだった。




猫はなんてやさしいのだろう、、、
いや、動物はなんてやさしい。



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くるるんの猫達



ハル、ありがとうね。
やさしい言葉かけてくれて。


それから本当にごめんね。



私は改めてハルに詫びた。
でもハルは、

「動物は過去のことは考えないんだよ。今のことを考えればいいんだよ」

と言っていた。




それは本当にハルの言葉なのだろうか、

それとももしかしたらchihiroさんの言葉なのだろうか・・・





アニマルコミュニケーターは誰にでもできるとchihiroさんが言っていた。

では私にもできるのだろうか?


もっともっと動物達の言葉を聞いてみたい。
動物達の純粋なこころの声を聞いてみたい。
そしてうちの子が何を考えているのか、
里子に出した子が幸せでいるかどうかがわかることができたら、
どんなにいいだろう。



chihiroさんのアニマルコミニュケーション「伝言屋ひまわり」


2012/1/16

ハルは白黒ハチワレのオス猫だった。


里親さんが見つからず大きくなってしまい、
図体はデカいのにあとから来た里親募集の子猫達と精神年齢は一緒で、
子猫と一緒になっておもちゃに突進してくるような子だった。

無邪気で子供っぽくて、私が「ダメ」ということを何度もしてしまうおバカ猫・・・






chihiroさんにセッションをやってもらったその日、
家に帰ってから思い出したことがあった。


それはchihiroさんがハルの言葉を語った時に開口一番、

「ハナクソって言われたって、ハナクソついてる、ハナクソ取れないねって」

と笑いながら言ったこと。



ハルは鼻の下に黒いシミがあったのだ。

(そんなこと言ったかな・・)
とは思ったけれど、それはchihiroさんに渡した写真でも確認ができたし、
それくらいのことは言ったかもしれない、くらいにうなずいていた。

それほど緊張して、その場では色々なことを思い出せずにいたのだ。





でも家に帰った途端思い出した。


そうだ、私はハルのこと、最初はずっと「ハナクソ」って呼んでいた。

本当はハナクソだからハナって名前にしたかったけど、

男の子だから「ハル」にしたんだ!


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ああ、本当にハルだった。


あの言葉は間違いなくハルの言葉なんだ・・・



      




私はあの日から、うちの猫達がなんだかより近く感じて、
いつもよりたくさん話しかけるようになった。
というか、話しかけたくなっていた。

chihiroさんのアニマルコミュニケーションを経験して、
少なくとも言葉は伝わっているに違いないと感じている。


それは本棚に写真を並べている亡くなった子達も同様だった。

亡くなった今でもこの子達は皆私の傍にいてくている。
そして傍にいてもらえるとしたらそれは、
死を看取ってきた私がその時その時後悔してきたことのすべてを赦してもらえた気がして、

少しだけど心が軽くなっていた。






2012/1/17

多頭飼い崩壊の猫達のいる猫舎。

27匹の猫達を連れて来たのが去年の7月。
猫舎での猫達のお世話はちょうど半年になり、猫達は現在13匹になった。


これはすご~~~い成果だ。



ほとんどの猫が放し飼い同然で飼われていたので、
野良とまではいかないが、猫達は人間を警戒していた。

最初は、成猫で人慣れもイマイチな猫達に里親さんが見つかるものかと、
私達は半信半疑に里親募集をしていたものだ。


多頭飼い崩壊事件なんぞほかにもいくらでもある、
しかしほかと違っていたのはその猫達のほとんど「長毛猫」だったこと。


ネットの里親募集サイトにたくさんの猫達が掲載されているにもかかわらず、
わざわざ遠方からこの猫達に注目して会いに来てくれる里親候補の方々。
辛い環境を生き抜いてきたことに同情してもらえたこともあるとは思うが、
「長毛猫」だったこともメリットだったに違いない。



まさに不幸中の幸い。


      




猫達は普段猫ハウスの中にだいたい2~3匹ずつかたまって入っている。


1匹が「シャー」というと、全員が「シャー」といって猫パンチ。
ゴロゴロいって人のあとについてくるのは、
テンちゃん、ロクちゃん、ハチくらいなものだ。


多頭飼い崩壊の猫達「長毛猫SOS」





先日もらわれていったメイちゃん。

メイちゃんはずっとオスのゴンちゃんと一緒のゲーシにいて、
ゴンちゃんに守られるようにしていた。

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私達はゴンが恐くて触れなかったし、
メイちゃんもハウスの中では強気になってシャーを繰り返していた。


里親様が迎えに来てメイをハウスからキャリーバッグに移す時は、
皮手袋にバスタオルで、ゴンの猫パンチをかわしながら、
やっとのことでメイちゃんだけゲージから出したのは私だった。


「あ~~~こわかった~~~~」


(いくら猫好きの里親さんでもこんなんで大丈夫だろうか?)


と思えたのだが、それから2週間。
いただいたメールを見てびっくり。


当初はケージ内で物音ひとつたてず、ご飯もお水も口にせず、トイレもしませんでした。

よほど怖くて我慢していたのだと思います。


>そうだろそうだろ。

今ではケージから出られる時間も長くなり、
ゴロゴロ~ふみふみ~おなかだし~で甘えてくるようになりました。

おしゃべりさんだったりいびきをかいたり、色々な表情を見せてくれ始め・・


>え?

なな・・・なんですって!

あのメイちゃんが!?


DSCF0630[1]

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添付されていた写真はメイちゃんのくつろぎの姿が。

その画像に大感激。



      



こちらは同じくフジコちゃんの里親さんが、
フジコちゃんを連れていった翌日くださったメール。



昨日は、たんすの中に入り込みずっと怯えた様子で泣き声も聞けませんでした。

ごはんとお水はすぐ食べられる位置に置いておきましたが、昨日はごはんも全く食べていませんでした。

今日も相変わらずずっとたんすの隅で小さくなっているので何度か呼びかけました。

そしてスキを見て抱っこをしてみました。

ベッドの上でしばらく何も怖くなんか無いよ!と何度も話をしてみました。

夜になってやっと私の手作りのお姫様ベッドに入ってくれました。

(中略) 

だんだん慣れてくると思います。




驚くのがここ。

>そしてスキを見て抱っこをしてみました。


フジコちゃん、抱っこできたの???
えええええ~~~~!!!



111120 007
フジコちゃん


そうやってもらわれていった猫達は里親さんのもとで、
私達がお世話していた時には見せなかったしぐさや性格を見せてくれている。

そんな報告をもらうたびに仲間達と驚き喜び合い・・・

そしてそんな猫でも覚悟の上で迎え入れてくれる里親様・・・




なんとありがたい。

そんな里親様と、猫達の可能性に助けられている。



それも不幸中の幸いだ。




      



この家を貸してもらえたこと、
毎日お世話してくれる人がいること、
手を差し伸べてくれる人達がいること、
猫をもらってくれる人達がいること、、、

すべての偶然と奇跡の上に猫達のお世話の毎日がなりたっていた。




多頭飼い崩壊の猫達のお世話ブログ「長毛猫SOS」


2012/1/22


先日職場の店長さんから相談を受けた。


お店の従業員のお兄さんのことだった。


そこの従業員の男の子~Kくん~のお兄さん夫婦が転勤になり、
次に引っ越すところがペット不可で、
今飼っている猫の里親さんを探しているのだがなかなか見つからなくて困っている、
相談に乗って欲しい、ということだった。



本当なら猫を連れてペット可住宅を探すのが普通だろうが、
会社によっては決まった社宅に入らなければならない場合もある、、、


私「知り合いの中で飼ってくれる人を探しても見つかりませんよ」


K「何度も新聞広告にも出しているんですが見つからないんです」



・・・・(ああ、ちゃんとしかるべき方法で探してるんだなぁ)


普段お世話になっている店長さんからの頼みでは無下にもできなかった。
里親探しのお手伝いならできる、それならとその猫の情報を聞き出し、
頭の中ではすでに(あの79歳のおばあさんに聞いてみようかな)と思い描いていた。
里親さん候補がいないわけではなかった。


それにつけてもとにかく一度本人(猫)に会ってみないとならない。
Kくんにはお兄さんの家に行く算段をつけて欲しいとお願いし、
お兄さんからの連絡を待っていた。



ところがしばらく経っても、Kくんのお兄さんからはさっぱり連絡が来ない。

お兄さんの転勤期限は今月いっぱいと言っていたしなぁ・・・

私はひとり焦って再度Kくんに催促の連絡を入れた。
Kくん自身もてっきりお兄さんから連絡がいっているものだと思っていたようだった。
やがてKくんからこう返事が来た。


「兄と連絡取ったところ、転勤先に連れていくそうです。

 相談に乗ってもらったのにすみませんでした。」






・・・私がどんなに安堵したかは言うまでもない。



      




思えば私もペット不可のアパートに猫と一緒に6年間暮らしていた。

そのアパートの庭で拾った子猫がケムリであり、
一度は里親さんを探したものの(情が移って)返してもらい、
それからはひたすら大家さんに内緒で猫を飼い続けた。



子供の頃「世の中ってなんて生きにくいんだろう」と思っていた。

家は裕福でなかったし、欲しいものは手に入らない、やりたいこともできない、
束縛と命令されることばかりで、学校に行くのもつまらなかった。

でも大人になったら(=働きはじめたら)そういったことすべてから解放されて、
私は「大人ってすばらしい」と感じていた。



しかし猫を拾った途端、

たかが猫を飼うだけのことで世間から非難される立場に立たされてしまったことに、私はショックを受けていた。

それは大人になって、お金も稼いで、自分でなんでもできると思っていたときに、
世の中には自分ではどうにもならないことがあるのだということがわかった瞬間だった。
それが悲しくてたまらなかったのだ。




当時私が住んでいたのはかなり年季の入ったレトロなアパートで、
そのおかげか、まぁ空室もあったせいで、
やがて猫を飼うことは大家さん公認になっていった。

しかし「堂々と猫と一緒に暮らしたい」という気持ちが、
次の家を見つける原動力になり、
ついに今の家を手に入れることができたのだった。

ま、そんな今の家も充分レトロだけどね。




誰にも文句を言われず猫を飼える家、

昼休みに職場からすぐに帰ることができる家、


私は今の家に満足していた。






当時私はケムリによくこう話していたっけ。


「ケム、ここのおうちいいね~ このおうち素敵だね~

 にゃあちゃん達のおかげだよ

 にゃあちゃん達のおかげでこのおうちが見つかったんだよ

 ありがとねーケム」





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Kくんのお兄さん夫婦も、きっと乗り越えてくれるはず。


世の中にはどうにもならないこともあるけれど、

方法はきっとある、がんばればきっとなんとかなる。



2012/1/23



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