さて避妊手術の日。

久しぶりに会うキキちゃんとララちゃんを楽しみに里親さんの家へ出かけた。



里親さんの家に着くと、
Kさんに抱っこされてあらわれたキキ&ララは、私を見るなりすっ飛んで逃げる・・・・・


(そんなことだと思った・・・)


いーのいーの。Kさん家族に慣れてさえいれば。
私は以前と変わらず、かわいくて元気な2匹を見れたら満足なんだから。


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ララちゃん

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キキちゃん



どの程度デカくなっているだろう?と思っていたが、
2匹はおもかげそのままだった。

うちにいた時と同じだ。

かわいいキキとララ。




獣医さんに着き、

術後服のことはあらかじめ病院にお話ししてあったが、
診察の時に先生から、


「ではちょっと着せてみましょう」と言われ・・・え?

その場で試着。




実は2匹がどの程度成長したかがわからず、
うちのナナをモデルに作ったものだからずいぶん大きく仕上がってしまい(ナナはやっぱりデブだった)、
途中実家に立ち寄り、大慌てで手直しをしたんだけど

どどど、、どうかな?




「ああ!これはいいですね~~~~」



なんと先生から太鼓判。


そして受付に戻ると、看護婦さんからも絶賛。


「あとで写真撮らせてもらってもいいですか?」

とまで言われる。



すっかり気をよくした私は、

「今度型紙作って持ってきますね

などとできるかどうかもわからないことを約束する・・・・




獣医さんによっては、すでにこういった術後服を採用しているところもあるはずなんだけどなぁ。

でもいずれ型紙が作れたらいいなぁ。
そうしたら誰かのお役に立てるだろうし。


      


実は今回、私にはひとつだけ不安要素があった。

それはキキ&ララが、あの大きな農家のおうちの中の一部屋だけで飼われていたこと。
お届けした日にゲージを置いてあった娘さんの部屋だ。

理由を聞くと、

「避妊手術が済むまで脱走が心配だったから」


ということだった。


あーそうなんだ、じゃあ手術が済んだら晴れて家中自由にさせてもらえるってこと?!



獣医さんには私のキャリーバッグを置いてきた。
お迎えに行くのは里親さん、里親さんにはキャリーバッグを預かってもらうことになっている。

・・・それは私の作戦だった。

なぜならキャリーバッグを取りに行くことを理由に、

あの子達に会いに行くため。





だって私は確認したいんだ。

あの大きなおうちであの子達が自由にしているところを、

のびのびと飛び回っているところを、

私はどうしても見たいんだもの。






2012/2/25







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私達がこの地域で初めてやった譲渡会は、

ペットショップの駐車場を借りてやった屋外の譲渡会。

8月だった。

そこのペットショップは屋根つきの駐車場があったため、屋根のあるところにゲージを置いたのだが、
人も猫も暑さでバテバテになったことを覚えている。

差し入れでもらったアイスクリームのおいしかったこと。




すぐに溶けてしまったけど。






その時からの仲間で、今は毎月1回のペースで譲渡会を開催できるようになった。

進歩したなぁ。

それでも毎月里親募集の猫達がいる。
猫をもらってくれる人を探すのは容易ではない。




今回の譲渡会はうっかり「静岡駿府マラソン」と重なってしまい、
ちょうど会場になる公共施設がマラソンのコースの間近で、
そのせいなのか、入場者の少なさに泣かされた。

たぶん過去最低だったと思う。


でもあの駐車場でやった譲渡会の苦労を思えば、

「こんな譲渡会の日もある」・・・ってことよ。





今回は成猫さんばかり15匹。
多少小さい猫さんもいたけど。

私は骨折のため過去2回の譲渡会をやむなく欠席したチャロと、

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カスミ荘のママのところから、キジトラのルカちゃんと、

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白黒のショパンというオス猫を連れて参加。

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ルカちゃんは例の「カクタさん」のところから返してもらった猫で、

ショパンは数日前にママが公園から保護した猫だった。


さすがに保護して間もないせいで、白い毛は薄汚れていた。
身体が白くて尻尾だけ黒、というめずらしい柄。

「鍵盤みたいだから」というわけでショパン。(笑)

もう4~5ヶ月はいっていると思うけれど、
野良の子供ならこんなにすぐには慣れないだろう。

迷子か捨てられたか・・・・




そのほかの参加猫達


顔そっくりな兄弟猫8ヶ月 はっちゃん(黒白)♂、みかん(三毛)♀

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すごく仲良し



譲渡会常連猫チョコちゃん ♀ 4~5歳

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とらちゃん ♂ 5歳くらい 甘えん坊でずーっと甘えて鳴きっぱなし

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猫舎から参加したのはシロウくんと
 
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ハチ。 ハチは里親候補様に撫でられてグルグル言いっぱなし

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ぎんちゃん ♀ 4歳

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ぎんちゃんはこの日トライアルしていた飼い主さんから返されたしまった猫だった。

一ヶ月もお試ししてたのに、甘噛みが理由(?)とかで・・・

困ったのは、、、、ぎんちゃんは外猫だったこと。

これからまた外での暮らしになってしまうの?
一ヶ月もおうちにいたのに?
なんとかそれだけは避けたいと皆で一時預かりの人を探しす・・・(後日見つかりました


メロンちゃんも来ていた。


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結果は15匹中トライアルが3匹。




あまりにお客様がいなくてやることがない私は、


ボロ切れでゲージの柵をみがいていたもんねー


雨の日もある、こんな譲渡会もある。

お客様は極端に少なかったけど、


遠方から交通規制もなんのそので朝一番で来てくれたご夫婦や、

猫舎の猫の里親に立候補しているかわいい奥さんや、

毎度毎度譲渡会のたびにただただ猫を見て私達と雑談していく男性や、

以前猫をもらって親バカっぷりの報告をしにくるご夫婦や、


そんな人達に来ていただいたもの。



肩を落とさず、また来月もがんばろう。


2012/3/4



前々回の譲渡会で決まったゴルビちゃん。

里親さんに正式譲渡をしてきたので、やっと写真が撮れた


そのお宅はワンちゃん(トイプードル)と2匹の先住猫がいるおうちで、
先住ちゃんはともかく、ワンちゃん大丈夫かなぁと心配していたが・・・


その時の里親さんからの報告メール↓

「ゴルビちゃんですが、最初犬に脅えてしまい、また末っ子だった茶トラの栗いう先住猫もふいてしまい・・・これはダメかと娘と意気消沈してしまいました・・」



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トイプードルのルリちゃん




「ところがその後にやってきた黒猫のジジ君がすんなり受け入れてくれました。

わが家のペットリーダーはこの子ですので、
胸をなでおろしました。」





なるほど。
多頭飼いのお宅には「ペットリーダー」なるものがいるのだな、と感心。



わが家の場合はやっぱりオージだろうか?
すっかりおじちゃんになっちゃったけど、オージが拒絶した子は保護できないもんなぁ・・・(または隔離保護になる)



ゴルビちゃんは、今ではすっかり2匹のお兄ちゃん達とも犬のルリちゃんとも馴染み、、、

その代わり私に脅えて逃げ回ったあげく、玄関の飾りの上に昇ったところの写真がコレ。(笑)


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ゴルビちゃんは「ポン太」ちゃんになった。

ポン太・・・かあいい名前だ~~~~~


その後あっという間に尻尾をふくらませてリビングに消えていってしまったが。



(ちなみにゴルビちゃんは、頭の模様がゴルバチョフに似ていたからという理由で「ゴルビ」






ゴルビ(ポン太)もゴルビのおかあさん(ココちゃん)も、ちゃんとおうちが決まってほんとーに良かった。

あの時は本当に寒かったものなぁ・・・・



最近は少しずつ暖かくなってきた。暖かくなるのは嬉しいけれど、

花粉症と・・・・

猫の出産シーズンになるかと思うと気が重い季節なんだよね。




ちなみにこちらは「猫カフェくるるん」のペットリーダー(?)ゆりこさん。
↓↓↓

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2012/3

昨日猫ボラ仲間のホリさんからメールが来た。

ホリさんは50代の男性で、郊外の田んぼの広がる地区に住んでいる。
男性ながら、家の周りの野良猫の捕獲を一手に引き受け、子猫の里親探しもやっているすごい人だ。
自宅には捕獲器が3台、お手製の猫を捕まえる「タモ」まで持っていて、
以前私はなかなか捕まらない母猫の捕獲を手伝ってもらったことがある。

それ以来のお付き合いだった。




そのホリさん2月の譲渡会で、サブちゃんという子猫の里親さんをやっと見つけた。


サブちゃんは、その前の暮れの譲渡会でも別の里親さんに見染められ、
「いい里親さんが見つかったねー」と喜びあったのにもかかわらず、
数日後ののち返されてしまっていた。

理由は「慣れないから」

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そう、サブちゃんは警戒心の強い猫だった。

サブちゃんは去年の夏、
ホリさんの勤務先の近くの河川敷で野良っていた母猫が連れていた3匹の子猫のうちの1匹だった。

ホリさんは母猫を避妊手術し、3匹の子猫は保護して里親さんを探すことにした。
子猫はすでに4ヶ月齢ほどで、なんとか2匹の里親さんを見つけたものの、
サブちゃんだけはなかなか人慣れができず、、、

ホリさんは私にこう相談してきたほどだった。


「この子はどうしても人慣れができない。リリースした方がいいだろうか」と。

リリースする場所はもといた河川敷になる。
そこには餌やりさんがいるわけでなく、その後の生活の保証はなかった・・・


ホリさんは悩みながらもサブちゃんをゲージ飼いし、地道に里親さんを探すことにした。


何度も新聞に掲載したり、
私もサブくんが心配でマメに譲渡会の開催をお知らせしていたのだが、
ホリさんもあきらめずに必ず譲渡会に参加していた。

そして2月の譲渡会の時に、再び見染められてサブちゃんは里子に行ったのだった。




そのホリさんからメールとは、もしや「また返ってきた」というのか・・・


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いや違った、そのメールは喜びの報告だった



「サブちゃんのその後」


サブちゃんの里親さんから電話がありました。

最近急に慣れだして、ご飯をおねだりするようになるし、

膝の上にも乗ってくるようになって、とても甘えてくるようになりましたと言って、

とても喜んでいました。

始めの3週間くらいはまだ警戒心があって心配していましたが、

もう大丈夫です。

色々お世話になり本当にありがとうございました。




ホリさんからメールが来るのはすごく珍しいことだった。

よほど嬉しかったんだろう、わざわざ報告して来るなんて。

そしてその報告を読んで、もちろん私も嬉しかったのは言うまでもない。





どんなに馴れないと思われた子も、ある時急に箍(たが)が外れたように甘え出すことがある。

里親さんがどんなふうにサブちゃんに接したかはわからないけど、

猫は(動物は)ちゃんと心が通じるものだと思っている。



そしてホリさんのように、けしてあきらめないこと。
あきらめない心はちゃんと天に通じるのだ。



ホリさん、サブちゃん、本当に良かったね。


2012/3/13

先日見慣れない携帯番号の着信があり、誰だろうと思ってかけてみた。

先方は電話に出ず、あきらめて一旦切ると、そのまた5分後にかかってきた。


電話の相手はやなぎさんの奥さんで、、、

やなぎさんが昨日亡くなったことを知らされた。


「えっ!?」




やなぎさんと私は一緒にボランティア活動をしていた、いわば同士になる人だ。
昔は行動を共にしていたが、今では私もひとり立ち(?)し、お互い別々の活動になっていた。

やなぎさんはその後持病の糖尿病が悪化し、現在1日置きに透析を受けているということだったが、
その透析の最中に亡くなったということだった。68歳だった。




私がこんなふうに猫のボランティアを始める前は、

何か自分で出来ることをしたい、ボランティアさんのお手伝いをしたいと考え、
いちばん最初に門を叩いた相手がやなぎさんだった。

やなぎさんはその時、商店街の本屋さんで不幸な犬猫のパネル展を開催していて、
私はそのお手伝いを申し出たのだった。

その日のことは今も覚えている。
パネル展のかたわらで、保健所で飼い主を待つ犬のビデオを流していたことを。
明日は処分という最後の日の犬の姿を映すビデオを見ながら私は大泣きするしかなかった。
何度も何度も繰り返し流れるビデオに、何度も何度も泣きながら、
やがてそれを見ても泣かないようになった。




私は翌日のお通夜に出かけて、棺の中のやなぎさんの顔を見せていただいた。

その顔を見て考えた・・・・やなぎさんは幸せだったのだろうかと。

毎日猫の餌やりに通い、年金さえも餌代に充て、けして裕福ではなかったろうに、、、
まさに犬猫のために身を削り、人生をついやしてきたような人だったから。




そしてやなぎさんに保護された子猫達を思い出してみた。
やなぎさんが公園から保護してきた子を、、、私は何匹里子に出しただろう。


かりんにモモ
みーくん
しまちゃん
虎太郎
ゴロゴロ4兄弟
チコちゃんの兄弟
サムくん
もちくんとココアちゃん
白猫4姉妹
プッチ
茶トラ兄弟
ぶーちゃん
カブともみじ

・・・・



やなぎさんが保護した子は、人の手で育てられ捨てられた子ばかりだったから、
みんな人慣れしていてどの子もすごくかわいかったなぁ。
確かに里親さんを探すことは大変だったけど、
人慣れをさせる苦労がない分、今思えば楽だったよなぁ・・・



せめてこの子達が幸せになった分だけでも、やなぎさんも幸せだったと信じたい。

そしてうちにいる「うの」も、やなぎさんが保護した猫だった。


DSCF0457.jpg うの


私は今日家を出る時にうのにこう言ってきた。


「今日はやなぎさんにお別れを言って来るよ、
 そしてうのちゃんのこと、保護してくれてありがとうって、
 ちゃんとお礼を言ってくるからね」




DSCF0466 (2) うの




お通夜では奥さんが、涙を見せることもなくあわただしく弔問客の相手をしていた。
ごくごく親しい人とご近所の方とご親戚・・・というようなお通夜だった。

私は奥さんに会うと、気になっていたことを聞いてみた。


「今おうちに何匹いるのですか」

「全部で19匹います」



・・・・犬が5匹、猫が14匹ということだ。




とっさにその中で里親さんを見つけられる子はいるだろうか、と考えた。

いくら奥さんが、「私が責任持って最後までお世話します」と言っても、、、

そうは言っても多過ぎる。

少しでも減らせてあげられたら・・・・



・・・・もしも色々なことが落ち着いたら、やなぎさんの奥さんも、そして私も、

今いるクレアちゃんがいなくなって、チャロの里親さんを見つけて、
そのほかの後回しになっている事柄もすべて片付いたら、

やなぎさんのところに猫を見に行こう。


うん、そうしよう。いつになってもいいから。




2012/3/12

せっかくなので、うののことも書いておこうと思う。



うのはやなぎさんに保護された猫でした。




生後2~3ヶ月、身体も小柄でものっすごくかわいい子だった。
やなぎさんから連絡をもらい見に行った時に、
かわいいけれどものすごく汚くて、
やなぎさんには悪いが任せてけないと思い、その場で預かって家に連れてきた。

耳の中は真っ黒、お尻の周りはウンチだらけ、
その割に便秘気味で便が出にくいようでお腹が張っている。

便秘の状態が不安だったためすぐに医者に連れていくと、、、


そこで先生に「子猫の便秘は骨盤に異常がある場合が多い」と言われレントゲンを撮られ、
そして見せられたのは、左後ろ足が骨盤の付根で「く」の字になっている写真。
それで便が出にくいのだと。

治療方法はお腹を開いて骨盤に金属を入れる大手術をすること、
そしてもしそのままにしてウンチが出ない場合は安楽死の方法もあると言われたのだった。



まじで?




うの


愕然としてしまった。

それはやなぎさんから預かった翌日の話で、
私の判断だけではどうしたらいいかもわからず、やなぎさんと相談することに。





そして・・・うのをうちの子にすることにした。


そんな手術にお金のかかるような子を誰がもらってくれるだろう。
手術をしないで様子をみたところで、どんな障害がでるかわからない。

当時私は、預かり猫には名前をつけなかったが、
すぐに「うの」と名前をつけた。


「うの」とはイタリア語で「1」という意味。
いずれ安楽死をむかえるかもしれない、でもこの世でただひとつの命、という気持ちでつけた名前だった。



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その時はまだ小さくて麻酔が出来ない、手術に耐えられないということで、
便秘の薬を飲んで様子を見ることにした。
そしてなんとか手術をしないでウンチを出す方法がないだろうか、
ヨーグルトを食べさせるとか、アロエがいいとか、青汁飲ませたらどうだろうかとかと考える毎日。


でも時間が経ちうのが成長すると、
足の骨が異常だったこと、便秘の悩みもまるでなかったことのように、
何ごともなくうのは大きくなっていった。
その後そのことを別の獣医さんに相談すると、
子猫の時の骨の異常は大人になる過程で治ってしまうことが多い、と言われたのだった。



な・・・・なんだそれならそんなに死ぬほど悩まなくてもよかったよ、
こっちは「安楽死」って言葉まで聞いてびっくりしたのに。





うのは今でも小柄な女の子。

でも母性豊かで、当時うちに来た子猫達のおかあさん役を買って出てくれた。

DSCF0121.jpg  
光くんにおっぱいを吸わせるうの



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ナナにおっぱいを吸わせるうの



あまりに身体が小さく、発情期を迎えてもかわいそうで手術ができなかったくらいだ。


そしてあんなに人見知りのないようなぽわんとした子に見えていたのが、
今では私以外の人間の前には姿を見せない、
超人見知り猫になってしまった。



でもかわいい・・・いつまでも子猫のようなうの。








うの 2006年10月保護


2009年、夏のこと。

以前猫のことでかかわりがあったご夫婦が、「子猫を拾ったがどうしたらいいか」と連絡してきた。


・・・その夫婦、本当は思い出したくないのだが・・・

私の猫をもらってくれた夫婦だった。
しかしその家にもう猫を増やして欲しくなかったため、

「育て方を教えてくれれば僕達が育てます」とかなんとか言われたが、

「うちに連れて来て下さい!」と、その子猫を預かってしまった。



へその緒ついてる・・・まだ目も開いてない生まれたばかりの子猫・・・

ティッシュの箱に入れて捨てられていたと言う。

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預かったはいいが、こんなチビスケ、私に育てられるだろうか?

うちのオージを拾った時でも、これよりももう少し大きかったぞ。


・・・乳飲み子を育てたのはオージが初めてだった。
その時と同じように、4時間おきにミルクを飲ませて育てればいいんだ。
排泄の仕方も覚えている。

仕事はあるけど昼は会社から自転車飛ばして帰ればなんとかなる、
そして仕事が終わったらまたすぐに帰って夜の分、
それから寝る前。

子猫のミルクタイムは人間の赤ちゃんと一緒だ。
本当なら夜中に起きてもう一回飲ませないとならない・・・
でもその子はものすごく育てやすい子だった。
私ができるタイムテーブル~朝・昼・夜・寝る前~以外は、
ひたすら眠っていてくれたのだった。

深夜に鳴けば起きてミルクをあげるものを、
朝までぐっすり寝てくれる。
私が起こすまで寝ている。
会社からすっとんで家に帰っても、ピーピー鳴いているようなことは一度もなかった。


ロックのかかるキャリーをゲージ代わりにして、
私は安心してチビスケを家に置いて仕事にいけた。

オシッコはティッシュでチョンチョンするのを合図にしてうまく排泄してくれた。
キャリーの中のペットシーツにしてしまうようなことは1度もなかった。


おまえ、イイ子だねぇ。

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やがて子猫の目がだんだん開き始める。
薄目がが開いた顔はまるで間カンペイか渥美清



そして預かって10日もすると、チビスケの目はパッチリ開き、
段々と動き回るようになってきた。


そのうちキャリーバッグに閉じ込めておけなくなってくる・・・・


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そんな時、見知らぬ人から「子猫まだいますか?」と電話があった。


少し前に隣町まで遠征して「猫の里親募集」のポスターを貼ってきてあったのだが、
その時の猫はすべて里親さんが決まっていた。
ポスターだけがそのままになっていて、
そのポスターを見た人からの電話だったのだ。


私は試しにこのチビスケを紹介してみた。
そしてなんとそのお宅にもらっていただけることになったのだ。

奥さんは専業主婦をしているので乳飲み子も任せられる、
やったーバンザイ!
私はミルクの缶も一緒にチビスケをそのお宅に届けたのだった・・・・・


      




それから2年半、先日そこのご主人からメールが来た。

そのご主人からは去年の春、メスの子猫を拾って家族が増えたと報告をもらっていたのだが・・・



なんとその女の子が〝子供を産んだ〟と言ってきた・・・・・



「6匹います。そのうち1匹はわが家で育てますので、あとの5匹の里親さんがいたらお願いします。連絡下さい」



ななな・・・なんですって・・・・・





2012/3/27



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