「人はなぜ生きるのだろう」


誰もが一度はそんな問いにぶつかって、考えたことがあるのではなかろうか。




哲学なんかはわからない。

ただ私も二度三度考えたことがある。

正しい答えは知らない。

でも私なりに出した答えがあった。




なぜ生きるのか

それは「産まれてきたから」


幸せを探すため?

誰かの役に立つため?


いいや、ただ、、、産まれてきたから生きる、だけ。



猫を見てたらその答えになった。

猫に教えてもらった答えだった。






「ソクラテスより猫」  近藤明理

からだを伸べて
空(くう)を見ている猫よ
そこにある風を見ているのか
時をみているのか

生まれたときに与えられた
からだの模様やしっぽの長さに
文句もいわず

餌があればそれなりに
餌がなければそれなりに
病も痛みも
毛に艶のなくなる いのちの折り返し地点も
静かに受け入れて

わずか十年ほどの命を
あらがうことなく
悔やむことなく
恐れることもなく
日々ついやしてゆく猫よ

猫は問わない
なぜなら
猫自身が答えであるから

ソクラテスの時代から
人間たちが考えつづけてきた
全ての問いの
答えそのものであるからだ



(「猫新聞」に掲載された詩。ハッチーさんがブログで紹介してくれたものを転載)


DSCF0417.jpg




猫は
その命を犠牲にしながら私達に悲しみを教えるために産まれてきた神様のお使い
だと思う。


212/2/15
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